庁には法令による権限はなく、あくまで連絡会議の窓口です。ただ、全体の予算を取りまとめて、財政当局との交渉、さらには国会での答弁などを通じて、実質的な調整機能を果たしていました。財政当局との緊密な連携の下に、ウタリ福祉対策をより地元の要望に添う形で実現していくための調整は大変重要でした。なぜアイヌ政策が北海道開発政策の枠組みの中で展開されるようになったのかという背景について、私なりの認識をお話しします。アイヌ問題の背景には「北海道旧土人保護法」があり、それを所管していたのが厚生省でした。したがってアイヌ問題は、基本的には厚生省の所管でした。ただ、厚生省が所管する業務だけで、アイヌの方々の福祉対策を進めることは難しい状況がありました。当時、同和対策については総理府が調整の窓口を担当していたので、アイヌ問題についても総理府が窓口をしてはどうかという議論になりました。それに対して、北海道庁が進めようとしている福祉対策の支援なのだから、北海道をよく理解している北海道開発庁が適当ではないかという声が出てきました。当時の北海道開発庁長官は町村金五氏でした。北海道知事を経験し、北海道におけるアイヌ政策を熟知していました。そういう状況の中で、最終的には官房長官の裁定で北海道開発庁が担当することに決まりました。町村氏は旧内務省の官僚で、後に北海道知事に就任しています。私は、自治大臣兼北海道開発庁長官時代に何度かレク等で対応しましたが、大変重厚感のある政治家でした。彼は参議院議員会長を長く務めていたので、自民党の中でも重職です。北海道に関する政策においても大きな力を発揮してくれました。アイヌ問題だけでなく、北方領土隣接地域の特別措置法では会期切れで廃案になる寸前だったところを、参議院で最終処理の法案に組み入れるように尽力してくれ、本当に感謝しています。国会議員としても節目、節目で北海道を支えてくれました。アイヌ政策については、当時の社会党の政治家が熱心でした。岡田春夫氏は選挙区回りで、アイヌの方々の生 第10章 証言でたどる北海道の政治・行政1156
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