北海道現代史 資料編2(産業・経済)
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マドにはラジエターが配置され、これが水槽と井戸のポンプに連結されて、小型ボイラーみたいな設備である。そして食堂は、イスとテーブルの純洋式。 「パイロット・ファームとは、かくもスバラシイ文化生活なのか!」見た者は皆こう思うに違いない。一般入植者たちはこれをどう見ているだろうか。 「上西さんや小野寺さんは最良のピークにすぎない」 「最良のピーク」は去年の粗収入が一〇〇万円を突破したが、パ・ファームの平均は、三十一年入植の一番めぐまれている層でさえ、四〇万円がせいぜいなのだ。 「あれは自己資金を初めからウンと持ってきたし、運もよかった人たちさ」万円もの用意をしてきたし、上西さんは最初に入れた四頭の牛が、一挙に全部メン(雌)を産んだ。牛の子のメンとオン(雄)は「大判小判」と「カワラやセトカケ」ほどの差がある。その「カワラやセトカケ」ばかりつづけて生まれている入植者もあるのだ。古い農家でなくとも、観光コースを小野寺さんは内地から一〇〇踏査隊がパイロット・ファームに到着して三日ほどは好天がつづいたが、その後の三日間は吹雪になった。昼でも零下一三度。除雪されていた道も埋もれ、ジープも通らない。そうした日の夕方、パイロット・センタ丨から七キロほど西の農家に用件ができた。冬山登山の服装で幹線道路を三キロ余り歩くと、もう暗くなりはじめる。馬ば橇そをたのもう。右手のシラカンバ林ごしに農家が見える。懐中電灯で標札を照らした。筒井さんの家だ。資料によると、ここは扶養家族が多く、三十二年入植にしては搾乳量も少ない家である。いわばパ・ファー厶の底辺にある人々のひとつだ。私は予定を変えてここに泊ることにする。戸口につづく部屋は土間の勝手場。その奥にベニヤ板― ―  り の六畳間がある。ストーブの上に丸い石が一つ。湯タンポがわりである。そしてそのまわりをかこむ「大勢」のこどもたち。九人の子宝をかかえた五十歳前後の筒井さんは、キザミタバコを吸っている。無口だ。うつろな視線がストーブの空気穴あたりに止まったままである。こさくにゅうりょう201第2節 農業近代化の始動

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