北海道現代史 資料編2(産業・経済)
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に突入する事と宣言する。一九四八年五月六日 ラジオ番組「炭坑へ送る夕」〔(音声資料を文字化〕では、次の座談会に移ります。話題は、炭鉱の住宅問題について。ご出席の方は、和田〔(博雄〕経済安定本部総務長官、菅〔(礼之助〕石炭庁長官、阿部〔(美樹志〕戦災復興院総裁、司会は宮田〔(輝、NHKアナウンサー〕が担当いたします。宮田 去年の秋頃から炭鉱の住宅問題が非常に喧しくなってきたんですが、現在の炭鉱の住宅の状況、まず菅長官からお伺いいたします。菅  戦時中は炭鉱では相当数の朝鮮人・中国人が働い(慶應義塾図書館所蔵 日本放送協会「NHKラジオ第一放送 送る夕」一九四七年八月一四日編者注)全石炭産業労働組合登川支部COAL@C@一九七二)編者注)編者注)編者注)編者注)炭杭へておりました。これらの人々はほとんど大部分が単身者、独身者であり、また一般の内地人にしても単身者が非常に多かったのであります。従って住宅も単身者のための寄宿舎が多く、世帯持ちの住宅が少なかったうえに、戦争中あまり補充もしなかったので、損耗が甚だしくなっている。全国各炭鉱とも古い、汚い、また障子や畳なども甚だ悪くなっております。住宅らしい住宅というものは非常に少ないという状況でありました。これがために、炭鉱に安住、定着して石炭増産に勤しもうという人々がだんだん減ってまいりましたので、これでは石炭の増産もできないと。石炭の増産の隘路はまず炭鉱住宅にあるというようなわけで、石炭庁といたしましては二一年度に二五、〇〇〇戸の建設計画を立てまして、鋭意建設に努力したのでありますが、昨年の九月までに建設されました戸数は新築わずかに五〇〇余戸にすぎないというようなことで誠に申し訳ないということに至りました。この不振につきましてはいろい3 増産奨励の炭鉱向けラジオ番組771   第1節 戦後復興と石炭政策のトレース

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