の名前の入った鉄ビンがかかっていて、それに水を足すため、やかんも自分で買わなければならないんです。爪楊枝も自分持ち、自分で生花を買って、床の間に生けたんですよ。今野 おしぼりや、おしぼり台も自分持ちです。その当時のおしぼりを今でも二十枚ほど記念にとってありますよ。高橋 目玉焼きを作ったら、食塩と味の素をメードがサービスするんです。二十九年ころまで、二千円もらえば、一カ月分の花代と部屋代が出ました。花は田島さんという花屋さんがあって、菊とソテツばかり買ってましたね。長持ちするから。(笑)三井 灰皿も壊したら自分でまた買わなければならないんです。盗まれても分かるように、裏に部屋の名前や自分の名前を書くんです。それでも無くなるんです。困ったことに、盗むのはメード同士なんですよ。今野 昔はみんな弁償ですよ。ひも一本無くなると三百円だなんてね。古旗 三井 古旗 三井 〈中略〉着物も自分持ちで、会社に借金する形で買ったんだよね。チップだけで、平均して月に三万円ぐらいないと生活できなかったですね。三十二年から三十五、六年ぐらいまでは。夏場の半年ほどの最高が月四万円でした。メードさんは、実家に仕送りしている人が多かったね。一カ月の稼ぎが、日鉄に入った兄弟の三倍もあって、家族がびっくりしたなんてメードさんや、結婚する時に貯金額を聞いて、旦那さんが腰を抜かしたなんてメードさんもいたね。(笑)当時、私の親が洞爺の協会病院に入院することになり、病院代を助成してもらえないかと役場に行ったんですが、私の収入を聞いて、「そんなにあるなら、病院代なんてみられないよ」って言われたものです。弟を大学に行かせることもできましたが、それもチップのおかげです。 第2節 北海道観光と宿泊業の課題963
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