イヌ民族の統合と支配の原理としての「同化主義」の思想に注目していかなければ、その本質を見誤ることになる。明治国家のアイヌ政策の本質を「同化主義」政策と規定し、その内実を正確に記述していくことは今後の大きな課題である。最後に基本的人権の侵害の一事例としてのアイヌ差別問題をとりあげよう。この項は今日においても根強く残るアイヌ差別の存在を子どもたちに気づかせるうえで重要な意味をもっている。それだけに小学校用社会科教科書にはじめて登場したこの記述は評価できよう。だが、『小学生の社会科』(中教出版・F)の記述は、被差別部落出身者、アイヌ民族、在日韓国・朝鮮人など差別の要因がそれぞれ異なる事例を羅列した平板なものである。こうした記述法は中学校用社会科教科書とほぼ同じであるが、今後は差別の事実だけを単に指摘するのではなく、その具体例やアイヌ民族自身の差別撤廃のための運動などにも踏み込む記述が必要である。おわりに問題は二十世紀のアイヌ民族の姿を全く描いていないことである。アイヌ民族の歴史は明治中期で止まっていて、それ以降の百年間の歴史は空白のままである。アイヌ民族の現代史の欠落である。子どもたちは昔のアイヌ民族の姿しか知ることができない。これが差別と偏見を生むのである。現代の生活者としてのアイヌ民族の姿を描くことは、それまでの子どもたちの負のイメージを払拭するとともに、今日のアイヌ民族をとりまく社会的問題への関心も高めることができよう。これにも増して大きな問題は、「新社会科教科書」の 約四割からは〈アイヌ民族〉記述が欠落している点である。このことは単に記述の欠落という形式的な問題にとどまらず、これらの教科書を採択した市町村の子どもたちがアイヌ民族の歴史と現状を学習する機会を失うことが問題なのである。〈アイヌ民族〉記述は北海道で採択した特定の教科書だけが、とりあげればすむわけではない。アイヌ問題の解決は北海道という一地域の課題では〈中略〉1050第2部 教育 第9章 アイヌと教育
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