相手の一つとしての存在でした。北東アジアのさまざまな民族集団とのあいだにさまざまな交渉のあった歴史が、 最近の研究によって具体的に明らかになりつつあります。和人にとってアイヌ民族が周囲の一つの交渉相手であったのと同様、アイヌ民族にとって和人は周囲の一つの交渉相手なのです。このように和人をアイヌ民族とのあいだで相対化する視点が、アイヌ民族についての教育を行う際には必要です。4 和人の文化と対比して特徴的な部分だけに着目するのではなく、アイヌ文化を全体的にとらえる。上で歴史について述べたことと同じことは文化についてもあてはまります。必要なのは、アイヌの歴史や文化を考えるときに、和人と比較して「特有」な部分だけに着目するのではなく、それ以外の点を含めてアイヌ文化を全体的に理解しようとすることです。伝統的生業、地縁集団、伝統儀礼、文様、口誦伝承、アイヌ語というようにアイヌ文化を個別的にとらえその今日的継承・発展にのみ着目するようなアイヌ文化についての理解も、こうした点から見ればやはり十分とはいえません。このことがとくに重要になるのは、明治以降の近代・現代のアイヌ文化についてです。この指導資料と来年度編集する副読本(仮称)のなかでは、「『アイヌ文化がとくに明治以降和人の圧迫によって衰え滅びつつある』という立場には立たない」ことを編集委員会は確認しています。たしかにアイヌの人々には和人に同化するよう圧力が加えられました。自分たちの伝統をどのように受け継ぎどのように変えていくかについての、自由な判断の余地も狭められました。しかしそのなかでも、自分たちの生活や家族などを維持するために新しいものを取り入れるという、アイヌの人々による主体的な努力が行われてきたのです。そこにあったのは、一方的に抑圧されただけの歴史ではないと考えます。現在のアイヌの人々の日常の生活と文化とは、表面的 い部分もまた、こうしたアイヌの主体的な努力によってにみれば和人とほとんど変わらないように受け取られるでしょう。しかしそうした和人から見て特徴的にみえな1053
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