北海道現代史 資料編3(社会・文化・教育)
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5 むらづくりの実践と農事組合の結成ある。ある時代の北海道民の生活は大部分そうであつた。しかし今では大部分の道民にとつてはそうではない。開道以来既に八十年、二世も三世も四世もあり得る今では、もう大部分の道民にはここが唯一の故里である。生活の本拠は他にはどこにもない。ここはもう単なる      労働の地ではなく生活の地である。今こそ北海道を郷土と考え、真摯な郷土愛を持つて、郷土の新生活を確立すべきときであろう。比布村第四区農事組合の活動について◎第四農事組合のあらまし私達の住む比布村は上川盆地の中央に位し、旭川市の北海道教育庁社会教育課『北海道におけるむらづくり・まちづくり実践事例集』一九五九年上川支庁管内比布村第四区農事組合 (北海道立文書館所蔵)北方一七・一粁を距てた純農村地帯で、自然的条件としては積雪期間が一四二日、平均一五度以下の日数二一五日という全くの積雪寒冷地帯である。この部落は明治二十八年滋賀県より移住したことに始まり、明治三十二年に水田が試みられてから、終戦直後まで水田単作の農業経営であつた。この欠点を改善すべく、まず、生活刷新運動の動機を発見しこれに取り組んだ。この農事組合の戸数は現在四十二戸、一戸平均六・七人、一戸の耕作面積は平均二町四反である。五十年の歴史をもつ水田の地力は、戦時中極度に消耗し、加えて労力不足による粗放的栽培は、荒廃寸前の姿であつた事についても過言ではなかつた。終戦直後復員してきた、三十才前後の青壮年十七人のグループはこのときに、固い団結を申し合せ、先づ地力の回復をはかり、生産を高め明るい部落を作ろうということから、先進地の視察、指導機関の訪問、共同研究、講習、講和会参加など、その知識と技術の習得には、涙◎生活刷新運動の動機99第1節 戦後復興期の農山漁村社会

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