ハバロフスク行きは普通の客車であった。ハバロフスク駅の構内でレンガを貨車積みしている松本氏の姿を見た。土人事務所の民間人であった松本氏がなぜ囚人として働らいているのか、その時の源太郎には分からなかった。囚人服を着てレンガを運ぶ松本氏の後姿が痛痛しかった。ハバロフスクで憲兵に徴用されたギルゴーリと朝太郎 郎は一晩考え、迷いに迷ったあげく、引揚地を日本にきに再会。ギルゴーリは戦後間もなく妹のI子と結婚したという。結婚生活わずか二週間、突然スパイ容疑で逮捕され、裁判の結果、重労働十年の刑を言渡されたというギルゴーリは源太郎にサハリンに帰れとすすめる。ギルゴーリから養父ゴルゴロ、養母アンナの写真をみせられたとき、源太郎の心は大きく揺れ動いた。朝太郎はギルゴーリより一足先にサハリンに引揚げるという。朝太郎の話から兄の平吉が日本に引揚げたことを知った。源太めた。朝太郎に地方人時代に撮った写真一枚と百ルーブルを預け、源太郎が元気で日本に引揚げたこと、落着いたら昔のようにいっしょに暮したい、その時には日本に呼びたいとことづけ、ハバロフスクを発った。正夫といっしょだった。ナホトカはシベリアに抑留された日本人にとっては帰国の夢をふくらます集結地である。帰国者たちの表情はやつれた中にも喜びをあふれさせていた。ヤーマンで噂にきいた日本女性Aさんの顔もみえる。源太郎はつとめて明るくふるまったが、心の不安は消えてはいない。どの引揚者にも日本という故ふと郷がある。祖国日本が彼らを待っている。源太郎には自分を待つ故郷がない。かりに樺太が彼の故郷だとしてもすでに異郷の地になっている。源太郎が知っている樺太やオタス〔(敷香町にあった、先住民族を集住させた集落〕は、かつての樺太でもオタスでもない。もともと祖国をもたない源太郎たちであるが、せめて自分を待ってくれるふるさとを欲しいと思った。源太郎はいま新しい祖国を日本に求めた。日本人戦犯者として抑留された源太郎にとっては日本を選ぶほかに道はなかった。今となっては迷ったり考えたりすることるさ編者注)第1部 社会・文化 第4章 戦後社会の中のアイヌ民族の生活と文化234
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