北海道現代史 資料編3(社会・文化・教育)
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た。だが、へんな方向に向っている。「あぶない。」そのまま進むと排水に落ちてしまう。思った通り、一頭の大きな牛は排水の渦にのみこまれてしまったのである。「アッ。」とみんな一斉に声をあげた。祖父は「もうだめだ。」とくやしそうな声をあげ、顔をかくしてしまった。僕も「もうだめだ。」と思った。しかし数秒後、牛が頭を見せた。水の中でひっしにもがいている。「がんばれ、なんとかはい上ってくれ。」とみんなの気持ちは同じだった。「やった!」 何度かもがいているうちに、足が地についたのだろう。「バシャ。」と音がしたかと思うと、まるでシカは)ように飛びあがった。助かったのだ。本当に奇跡がとしかいいようがない。牛のどこに、あんな力が、運動神経があるのか不思議に思った。でもなによりうれしかった。牛たちはいき場所がなく、ちょっとした山に登った。父はこれで少しの間は大丈夫だろうと言って、みんなの所まで帰ってきた。すでにその時は、父の胸のあたりまで水でつかっていたと思う。しばらく様子を見ていたが、 (ママ水は増え続け、そのうち牛たちも足場がぬかり始めてきたのだろう。足を上下に一生懸命動かしている。かわいそうに、小牛は足がなかなか抜けないようである。親牛が鳴きわめく。そんな光景を僕はだまっ(見ているしか、できないのである。僕は何もできない自分に腹がたってしょうがなかった。いや、このどこからともなく流れてくる水に対して腹をたてていたのかもしれない。母や祖父は「小牛はだめでも、親牛だけは助かってほしい。」と言って半分あきらめている。僕も「親牛だけは助かってほしい。」と思った。でも父はなにも言わずじっと見ている。そして、「これではだめだ。」と言ってまた水の中に飛び込んでいった。どうする気だろう。助けるといっても水は増え、父の頭しか見えないというのに。母は、心配して「お父さん行くんでない。」となんども言ったが、「大丈夫。」と言って牛たちのいる所までなんとか、たどりついた。水はいきおいよく流れている。足をさらわれたら、いて脱カ)   517第4節 高度経済成長期後の自然災害

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