聴覚障害者の避難と支援山本時枝(避難指示地域外自主避難)三月二九日、日赤病院で指のリハビリを終えて、帰宅 早速ですが、ろう協会員に連絡して下さい」という内容したところ、FAX用紙が目につきました。早速読んでみると、市手話通訳者の海老子さんから緊急の知らせにびっくりしました。「二、三日中に有珠山が噴火する。だった。それは大事な通報であり、すぐ一人ひとりの家へ海老子さんから送られたFAX用紙をそのまま送信した。毎日、目の前に見せてくれていた美しい景色が段々くずれていくのかと淋しい気持ちになります。二八日から地震の数がひんぱんになり、強い時はストーブが消え、恐怖と不安でいっぱいになりました。二〇〇〇年有珠山噴火有珠山噴火災害聴覚障害者対策本部『有珠山噴火災害聴覚障害者支援活動の記録』二〇〇一年一人で家にいると、情報が伝わらず、おろおろするばかりでした。同じ仲間の山本央さんと清水芳恵さんが「気がついたらアパートには誰もいない。怖いよ、どうする?」と不安を募らせながら身を寄せてきました。人の命を救うには、私の力ではどうすること(できず、思い立って、市役所と連絡を取り交したのでした。丁度、手話の会会員の池原さんが訪問中でしたので、事情を書いてFAXでお願いするより、電話で話した方が早いし、具体的に内容が通じると思い頼んでみました。音のない世界に生きている私たちには情報がすぐには分からず、どうして良いのか、逃げ場を迷ってしまいます。二九日の二二時頃、市役所から「避難を希望する人は西在公民館へ行って下さい」という心強い連絡が入り、避難のすすめがありました。私たちは避難することに決め、同じアパートの二階に一人で暮らしている難聴者の長倉さんを誘い、すぐ西在公民館に避難しました。まもなく、清水さん親子がハムスターのかごを持ち込んで入って来ました。も脱カ)52514 第4節 高度経済成長期後の自然災害(4)
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