校と交流活動している例が少なくないのは、北海道の特徴であろう。完全学校週五日制が二〇〇二(平成一四)年四月から実施された。学校週五日制の導入にあたり、留萌管内では導入以前に資料14のような準備体制が整えられた。学校週五日制は、児童生徒の体験活動を増やすことが目的であったが、地域で行われた事業への参加者は少なかったようである。北海道は、明治初期を除いて私立学校はそれほど多く開校されなかった。特に小学校はそうであり、道内で戦後に最初に私立小学校が開校されたのは、一九五一(昭和二六)年である。資料15は、日本三育学院札幌教会小学校の「小学校認可申請書」の写しであり、現在の札幌三育小学校に所蔵されているものである。学校の目的は「キリスト教教育を通して善良なる社会人養成の教育を授けるため」としている。三育小学校は、現在は札幌市内の北区拓北にあるが、申請当時は、当時の南九条西一六丁目の建物を使用して開校された。戦後に新制中学校が設立されると、戦前に中等教育機関を持っていた私立の学校は、新制の高等学校とともに、新制中学校も併設して開校を目指すことになる。資料16はその一つの事例で、北海高等女学校(現札幌大谷高等学校)が併置の中学校を設立しようとした際に、国民学校(一九四七年四月より小学校)長に発した募集要項などである。本資料には、募集に対しての志願者数、入学許可者数、入学者数も示されている。また、教育課程表も掲げた。に了承し、且つその実行を誓約しなければならない」とあり、二条に「特にカトリックの精神に相反するような言動は、本校の特殊性にかんがみて一切認められない」としている。四条には土曜日休校のことが書かれており、この時期に週五日制を取っているのは、モデルスクールである札幌市立一条中学校を除けば、宗教立の学校だけである。資資料17は、函館白百合学園の一九五〇年の教員の服務規程(抜粋)である。一条に「この服務規程の各条項を完全第五節 私立の学校883解 説
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